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川場用水②

角田幸です。

前回1月22日更新の続きです。 
今回は、川場用水を作った理由について書きたいと思います。

一番の理由は地理的環境です。
沼田は有名な河岸段丘であり、段丘の台地が中心地となっています。
沼田の台地は、下の段との高低差が非常に有り川に囲まれている為、敵から攻め辛い天然の要塞でした。
しかし、大きな問題が存在しました。それは台地には川が流れていなかったのです。
人々はわざわざ下の段の川まで水を汲みに行くことしか水を得る方法ありませんでしたので、用水の建設が重要課題でした。
真田氏の前に沼田を治めた沼田氏がまず初めに白沢川から水を引く白沢用水をつくりました。しかし、白沢川の水量は十分な量とは言えませんでした。

ファイル 1140-1.jpg
(白沢用水(城堀川)と川場用水が合流)


その後、真田氏が沼田藩を治め城下町の整備が進むに連れて人口が増えたことにより、より多くの飲み水や田畑に使う水が必要となりました。
そこで目を付けたのが薄根川から水を取入れる川場用水だったのです。
最初は、白沢用水の不足を補う助堰(すけぜき)としてつくられましたが、改良工事を繰り返し途中の川や沢から水を引き入れ、川場用水の水量は白沢用水を大きく上回りました。
以後、大正期に沼田に水道設備が出来るまでは、飲み水・生活用水であり人々を支える命の水となったのです。